8月15日の玉音放送の考察。終戦記念日と真空管ラジオに関しての覚え書。(再録)

 今日は終戦記念日なのですが玉音放送とラジオに関して自分の知っていることを書きたいと思います。


写真素材 PIXTA
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ShinChan写真素材 PIXTA

 Pixtaの写真は土門拳氏の写真に近い感じの白黒の写真を選んでみました。重苦しく訴える物が強そうな広島の原爆ドームの写真です。

 自分の高校時代の先生が現代史関係の研究者で今は高齢で会うのが難しいのですが色々、訪問した際、8月15日をめぐる話になり、玉音放送に関する興味深い話をうかがうことができました。無論、自分の恩師が話されたことは歴史学的に確証はないのですがもしかしたら証言の1つとして役に立ちそうなのでご理解願います。

 自分の恩師が玉音放送に関しておっしゃったのは昭和天皇が<玉音放送>で話された内容を日本人のすべてが一律にラジオで一斉に聴いたようなことはやや事実と違うのではないかということです。

 何故かというと終戦直前は日本はほとんど物資もなくなって、金属もかなり不足していたし、ラジオ受信機(当時は無論、真空管)は内務省の管轄にあったので市民が簡単に入手できるものではなかった。加えて当時の日本では海外の短波放送を聴くことは禁止されていた(軍機保護法あるいは治安維持法違反)のでラジオの所有はかなり難しかったとのことです。

(ラジオの回路を変更すれば簡単に海外の短波放送は聴けたので)

 無論、ラジオの購入も内務省の許可もかなり必要だったので余りたくさんの人間がラジオを所有するのは難しかったのではないかということです。

(実際、内務省は憲兵はラジオや無線機の所有を厳格に統制していたのではないかと恩師はおっしゃっておられました)

 先生が話された事実は疎開先では一部の人間(有力者)がラジオを聴くことができてたんだん周囲に<玉音放送があった。日本は負けた>と口から口へと情報が伝わっていったのではないかということです。終戦(敗戦)直前は上記の理由でラジオの所有や絶対数もかなり少なかったので一律に日本国民が<玉音放送>を聴いたというのはやや歴史的事実に反するかもしれないということです。

 自分の書いている記事は必ずしも正確な記事ではないので必ずも正しいということではないのですが、どうも<日本国民がすべてラジオで玉音放送を聴いて敗戦を知った>ことではないらしいのです。いわゆる何人か真空管式のラジオを所有している人が始めに終戦の事実を知ってだんだんと日本が負けたということを知ったのではないかということです。

 ある意味でその当時の記述を記した書籍を拝読すると一部の官僚の人間が日本の敗戦を予測していて何人かの普通の市井人がうすうすとそのことを感じ取っていたという記述がありますが何人かのラジオを所有していた人間は先にその辺の事情をすでに知っていたのかもしれません。今でいえばTwitterのタイムラインで情報を集めていた感覚に似ている部分も多いといえますね。

(密かに真空管式のラジオ受信機で海外の情報を得ていたか、日本の内務省は官僚機構が瓦解することを知っていて敗戦終戦を予測していた)

 本日、自分が記した『玉音放送』に関する記述は異説というか一つの歴史的な一コマとご理解願えればとも思います。

カテゴリー: 『郷愁通信・旧版』(再録)   パーマリンク

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